自立と自律

今日、自立している人は大勢いると思う。親から自立している人や、経済的に自立している人は身の周りにもいる。自立とは「自分だけで物事を行う」ことである。したがって、年齢が上がり社会人として仕事に取り組んで、労働の対価として得たお金で生活する事を考えれば当然である。(もちろん、社会状況によって自立することができない人も存在するが、紙幅の都合で今回は触れない。)

 

しかし、自律して生活している人はどのくらいいるだろうか。自立していても、自律できていない人が大半だと感じる。自律とは、「自分の行動を主体的に規制すること」である。つまり、時には自分の欲求を規制しなければならない。

欲求に関して、アメリカの心理学者のマズローは人間の欲求は、ピラミッド構造で五段階あるとした。最下部が生きていくための基本的・本質的欲求である「生理的欲求」。これが満たされると、危険を回避し、安全な生活を営みたいという「安全欲求」。次に、社会に属したいという「社会的欲求」。そして次に、他者から認められたいという「尊厳欲求」。最後に、自分の能力を引き出したいという「自己実現欲求」を求めるとある。

 

自律するということはこれらの欲求を主体的に規制する必要があるのである。もちろん、これは困難なことである。強制的に規制されるのであれば、苦しいがその規制を守ることもできるであろう。しかし、主体的に規制するとなると人間はそれほど自分には厳しくはなれないはずである。

 

それでは、自律する人間を目指したければどうすれば良いのか。それは”確固たる具体的な目標”をもつことである。例えば、ダイエットで体重を減らそう」と目標を立てるより、「○○kg痩せよう」と具体的な目標を持つ方が成功しやすい。これと同じように、まずは確固たる具体的な目標をもつことだ。そうすることで、主体的に欲求を規制しやすくなる。

さらに言えば、その目標から自分を逃がさないために知人にその目標を宣言することも一つの手である。知人に宣言することにより、一層とその目標を遂行しなければならないという気持ちにかられる。確かに、主体的な規制ではないのかもしれないが自律する第一歩としてはこれも一つの手段ではなかろうか。

 

目標を忘れることなく日々邁進し、自律した人間になることが今の自分の目標である。(←宣言)